体験・山菜摘み農園 じゅうべえ
お食事&体験
毎日農業記録賞 優良賞 受賞作文 
                        「百姓は大地を生かす無限の手品師」
 農業の経験の無い私が、農家に嫁いで30年の年月が流れました。嫁いだ当初は、何も分からないままに、姑や夫に指導を受け、毎日を過ごしておりましたが、1年、2年と年月を重ねるうちに、回りの変化に、何か不安を感じました。隣に住んでいた人は、家を閉め、町へと家族ごと出て行き、その家の田、畑は荒れ始め、以前より荒れていたところとつながり、荒地ばかりが、年々広がってゆきます。我が家が、耕作している田んぼは、四方八方荒地ばかりのど真ん中、荒地の中に、耕作地が点在しています。

  これ以上、農地が荒れ原野になるのは、もったいないものです。農地を耕作地として保全して行くには、百姓魂を出すことです。「大地は、耕さねばならぬ」作物を作り育てる。
一粒の種より、数十数百の実を収穫し、数百の種より、数千数万の実を収穫する。百姓の喜び、食べ物が沢山取れる好もしさ、この喜びを、感じてしまった私は、「大地は耕さねばならん」と、原野となった荒廃地を開墾、作物を作り始めました。以前より少しずつ作っていた、山ウドの苗を、夫と二人でパワ−シャベルを使って開墾した大地に植えつけました。うねからは、葛ふじや、かや、ヨモギの根が沢山出てきます、それを持ち出し、整備して6畝の広さの土地に、500本ほど植わりました。植えたは良いが、栽培方法が分からず、農業普及員さんに助言をいただきました。先進地の視察や、研究機関のデ−タ−収集、現地(滋賀県高島郡朽木村桑原)の地温、気温を年間通じてはかり、そのデ−タ−をグラフにして今後に、生かせるようにしてくださいました。これと同時進行で、地域の人達に呼びかけて、H14年「ウド栽培研究会」が出来ました。山ウド栽培に気の有る人達が寄り、ウド栽培の学習会を年数回持ち、朽木村針畑地区での栽培暦が出来ました。肥料は、堆肥と化学肥料少々を使い、農薬は、一切使わず自然栽培で、草は、刈りはらい機や鎌を使い防草マットひき、後は手でとり、3年たって収穫できる大きさに育ちました。百姓は、やりがいの有る仕事ではありますが、経営、採算性と言うことになると、少し頭を傾げなければなりません。

  そこで、経営の成り立つ農業へ、脱皮しなければ、百姓は、浮かばれない。楽しみながら、百姓本来の生産活動をして、農業としての、経営を成り立たす。この方向を目指して、脱皮しなければ為らないという事で、以前より想っていた想いを具体化すべく構想を練ってみました。それは、自然豊かな朽木村桑原に自生する山菜や、荒地を利用して栽培している山菜を、摘み取っていただき、すぐに調理実習して試食していただき、旬の取れたて山菜のおいしさを味わってもらいます。また、伝統食の伝承や、山菜の新しい食べ方の提案などをし、田舎暮らしの、生活の智恵や技を体験してもらい、水でつながる下流域の都市住民の人達と、交流を持ち、第2の故郷としての、癒しの空間を提供し、自然と付き合うル−ルやマナ−を、学習していただきます。この体験調理実習施設を、都市の人達との交流の場とし、田舎文化や食の発信基地としていくという構想です。言うは安し、具体化する事の難しさ、冬場の積雪量は、1メ−トル〜3メ−トル降ります。 この積雪に耐えられる建物を作らなくてはなりません。夫は、素人大工では無理だといいます。

  そこで、外国航路のコンテナ−ハウスを思いつきました。あれならかなりの雪も大丈夫。 ところが、道が狭くて(山崩れあり、迂回路のため)運び込めません。県の職員の方、道路管理業者の方、コンテナ−運搬業者の方、地主2名の方、に現地に立ち会ってもらい、事情を説明して、迂回路拡幅工事の承諾を取り決めました。そんな、こんな、している時に、滋賀支援プラザが行う、コミニュテイ・ビジネス支援事業があることを、普及員さんより知らせていただき、応募することにしました。コミニュテ・ビジネス企画に私の想いをぶつけました。第一次審査、第二次審査とも通り、研修実習施設の、内装厨房機器・調理用機器の、費用の2分1の資金援助と、6ヶ月間の人材派遣と、専門化指導でデザインコンサルと、経営コンサルの指導を受けました。平成15年9月1日より支援を受け、平成16年2月28日で支援は終わりました。同3月1日に飲食店営業と弁当の許可を受けました。同3月5日に商工労働会館7階で実績発表をしました。

  そして、平成16年4月24日に じゅうべえをオープンしました。

 農業者がお客相手の仕事をするのは、なかなか大変です。お客さんに教えてもらうことの多いこと、多いこと。あたふたしている内に、春の山ウドの出荷を一部し損ねてしまいました。出荷先が確保できていなかったのです。秋は、春の失敗を繰り返してはならないと、ホ−ムペ−ジ作りの準備や、出荷体制の見直しや、営業の学習、実践をしています。これと平行して、百姓仕事もしてます。私のような百姓を、もっと増やしたいので、『ウド栽培研究会』を前進し『山菜栽培グル−プ』として再出発しました。朽木村の防災無線を通じて、村一円に呼びかけます。「山菜の種まき講習をしますよ、興味の有る人は集まってください。」

  山菜栽培講習会は、やる気の有る人が集まってきます。山菜栽培講習会は、約一月に一回持っています。5月〜11月まで、7回の講習会を持つ予定です。参加者の中に、百姓魂を持った人は何人いるのか楽しみです。平成16年度は、朽木一円を対象としますが、17年度は、高島市へと、地域を広げていきたいと思っています。小さな点が集まり大きな点となり点と点がつながり、線となり、地域の特産物化などと、夢を描いています。朽木村は、これといった農業特産物がありません。17年には、高島市となり、その一員として、地域の特産物化に、発信、参加していきたいと思います。最初は、小さな市場や、個人の人達に、ウドを中心とする山菜達の、評価をしてもらう、という意味で出荷して行き、生産が、充実するのを待ちます。生産が広がり、線がつながってゆけば、大きな変化が起こってくるものと思います。そうなれば、わたしは、その一会員として、肩の荷を下ろせると思います。

 単純なものの考え方ですが、多くの作物を作るということは、多くの土地がいるということです。遊ばしておくような土地は、無くなって来るのではと思います。雑草を高々とはやして、草刈に追われるよりは、作物を高々と作って、その草刈に追われた方が、収穫の楽しみがあっていいのではないかと思います。夢を実現するために、私は山菜じゅうべえ と、平行して、楽しみながら、持てる技術を生かしたいと思います。

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